今日もジッターバグでナマズ釣り、平日の夜が楽しみになった話
水面をコポコポ鳴らすジッターバグ、あの音だけで気分が上がる
仕事を終えて、竿を車に積んで川に向かう。その時点でもう頭の中はジッターバグの音でいっぱいになっている。あのペラペラのリップが水を叩いて出す、コポコポ、ポコポコという音。正直、釣れる釣れないより先に、あの音を聞きたくて川に来ているところがある。
一投目のポコポコ音で「今日は釣れる」と勝手に思える
投げて、着水して、リールを巻き始める。ジッターバグが首を振りながら水面を割っていく音が響いた瞬間、根拠は何もないのに「今日はいける」と思ってしまう。冷静に考えたら音の大小と釣果に相関なんてないはずなのに、毎回同じことを思っている自分がいる。たぶんこれは験担ぎに近い。一投目の音が気持ちよく鳴ってくれると、その日一日の集中力が変わる気がする。
音が響いた瞬間、ナマズがどこかで聞いている気配がする
夜の川は静かだ。だからこそ、ジッターバグの音がやけにはっきり水面を伝っていく。その音を聞いていると、どこか物陰でナマズがこっちを向いた、みたいな気配を勝手に感じてしまう。実際にナマズが音に反応して寄ってくる瞬間があるから、余計にそう思うのかもしれない。見えない魚を、音だけで想像する。この時間が地味に好きだ。
平日の夜だからこそ味わえる、あの静けさとの相性
休日にまとまった時間を取って遠征する釣りもいいけれど、最近ハマっているのは平日の夜にふらっと出るナマズ釣りだ。この気軽さは、ジッターバグ一本あればどうにかなるという単純さも大きい。
仕事終わりに竿を持てるという小さな贅沢
仕事が終わって、そのまま家に帰らずに竿を持って河川敷に向かう。この寄り道感が地味にいい。大掛かりな準備はいらないし、タックルもシンプル。仕事モードのまま川に立って、頭を切り替える時間になっている。これができるようになったのは、釣りを再開してからの発見だった。
人のいない河川敷で自分とジッターバグの音だけが響く時間
平日の夜の河川敷には、基本的に誰もいない。街灯の明かりが届かない場所まで歩いていくと、聞こえるのは自分の足音と、キャストしたジッターバグが立てる音だけになる。この静けさは休日には絶対に味わえないものだと思う。人の気配がない分、余計に音に集中できるし、集中しているからこそ小さな変化にも気づけるようになってきた。
水面が割れた瞬間―ナマズが出た夜の記録
ジッターバグを引いていると、ある瞬間だけ明らかに違う水音が混ざる。ドンッと水面が盛り上がって、ルアーごと持っていかれるようなあの瞬間。何度経験しても慣れない。
バイトの重さと引きの強さに毎回驚かされる
掛かった瞬間の重さは、想像していたより毎回強い。竿がグッと弧を描いて、そこから左右に首を振るような引きが伝わってくる。バス釣りのバイトとも違うし、海の魚とも違う独特の重量感がある。この感触を味わいたくて、また平日の夜に出てきてしまう。
掛からなかった一匹も含めて、全部が楽しい
出たのに乗らなかった一匹も、正直悔しいというより楽しい記憶として残る。水面が盛り上がった瞬間の映像だけが目に焼き付いて、家に帰ってからもその場面を思い出している。釣れた釣れないの結果だけでなく、水面で起きた出来事そのものを楽しめるのが、この釣りの面白いところだと思う。
昔のバス釣りと比べて気づいた、ナマズ釣りの違う面白さ
昔はよくブラックバスをトップウォーターで狙っていた。同じ水面系のルアーでも、ナマズ相手だとまるで違う釣りになる。
同じトップウォーターでも食い方がまるで違う
バスの場合は、ルアーの動きを見て食うか食わないかを判断しているような、視覚的な駆け引きの印象が強かった。一方でナマズは、音そのものに反応して出てくる感覚が強い。見ているというより、聞いて寄ってくる。だからルアーの動かし方より、音の鳴らし方を工夫する方が結果につながる気がしている。この違いに気づいたときは、単純に新鮮だった。
釣りを再開したからこそ見えてきた「音で誘う」楽しさ
社会人になってしばらく釣りから離れていた時期がある。再開してから改めてジッターバグを握ってみて、こんなに音で誘う釣りが面白いものだったかと驚いた。昔は魚を見て投げていたけれど、今は音を作って投げている感覚に近い。同じ道具を使っていても、向き合い方が変わると釣りの見え方まで変わるものだと実感している。
また平日に、ジッターバグを持って川へ行きたくなる理由
結局、また今週も平日の夜に竿を持って出るんだろうなと思う。それくらい、この釣りには気軽さと中毒性が両方ある。
次はどんな音とリズムで誘おうかを考えている時間も好き
巻くスピードを少し変えてみる、止める間を長くしてみる。次はどうやってジッターバグを鳴らそうかと考えている時間が、実は釣り場に立つ前からもう楽しい。答え合わせは川でしかできないから、頭の中で組み立てたリズムを試しに行くような感覚で出かけている。
気負わず行けるから、無理なく続けられている
遠征も、長時間の粘りも必要ない。仕事終わりに、ジッターバグ一本持って近くの川に行くだけでいい。この気負わなさが、結果的に続けやすさにつながっている気がする。派手な釣果を追いかけるより、平日の夜にコポコポという音を聞きに行く。それくらいの温度感で、これからも続けていきたい。

