釣り日記

久しぶりの赤羽漁港、昼過ぎからのサビキでアジ40匹釣れた日

anglernote

社会人になって遠ざかっていた竿を、去年の秋にまた握った理由

子どもの頃から夢中だった釣りと、いつの間にか止まっていた時間

父と祖父に連れられて、近所の川や用水路で竿を振っていたのが釣りの始まりだった。小学生の頃なんて、放課後は池でブラックバスを追いかけ、休みの日は渓流でアマゴやイワナを狙う。そんな生活が当たり前だった。海に行けばグレやクロダイ、堤防でハゼを釣ったこともある。餌釣りだけじゃ物足りなくなって、ルアーやフライにも手を出した。とにかく魚と名がつくものになら何にでも興味があった、そんな子ども時代だった。

それがどこで途切れたのか、正確には覚えていない。社会人になって、仕事が忙しくなって、休みの日は寝ているか予定を詰め込むかのどちらかになっていった。竿を触らない日が半年、一年と積み重なって、いつの間にか「釣りをしていた自分」が過去の話になっていた。道具は実家の物置に置いたままで、たまに帰省したときに見かけても、特に何も感じなくなっていたのが正直なところだ。

「そろそろ行こう」と思わせた小さなきっかけ

きっかけは本当に些細なことだった。去年の秋、休日にたまたま釣りの動画を見ていて、サビキ仕掛けにアジが次々と掛かる映像が流れてきた。それを見た瞬間、体の奥がざわっとした。あの引きの感覚、群れが回ってきたときの手応え、忘れていたはずなのに一瞬で思い出せる感覚だった。

「行くか」と決めるまでに、そんなに時間はかからなかった。天気を確認して、道具の状態を確認して、気づいたら次の休みの予定は釣りで埋まっていた。何年ぶりかの海釣りが、こんな軽い気持ちで決まるとは思っていなかった。

愛知県・赤羽漁港を選んだのは、昔の記憶と手軽さから

海釣りの中でもアジが狙える漁港を探した理由

久しぶりに海へ出るなら、確実に魚と触れ合える場所がいい。そう思って考えたのがサビキ釣りだった。ルアーやフライで一発を狙う釣りも好きだけど、ブランクがある状態でいきなりそれをやると、まず魚を釣る前に竿の振り方から思い出す羽目になる。サビキなら仕掛けを投げて待つだけで、群れが入ってくれば数釣りが期待できる。リハビリにはちょうどいい釣りだと思った。

愛知県内でアジが狙える漁港はいくつか候補があったが、最終的に選んだのは赤羽漁港だった。以前に一度足を運んだ記憶があって、堤防からの釣りやすさも覚えていたからだ。初めての場所より、勝手知ったる場所の方が久しぶりの復帰戦にはふさわしい気がした。

昼過ぎからのスタートになった事情

本当は朝から入りたかった。でも準備に手間取って、結局家を出たのは昼近くになってからだった。道具を揃え直すのに思った以上に時間がかかったのが正直な理由だ。「まあ、アジは夕方にも回ってくるはず」と自分に言い聞かせながら赤羽漁港に向かった。日差しはまだ強くて、堤防に着いた頃には額に汗がにじんでいた。

サビキ釣りの準備、久しぶりすぎて忘れていたこと

道具を揃え直すところから始まった半日

実家の物置から引っ張り出した竿とリールは、糸が劣化していて使えそうになかった。サビキ仕掛けもどこにしまったか分からず、結局その日の朝は近くの釣具店に寄って一式揃え直すところから始まった。カゴ、サビキ仕掛け、餌となるアミエビ。棚を見ながら「これで合ってたよな」と、記憶を頼りに選んでいく作業自体が、なんだか懐かしかった。

道具を新調するだけでこんなに時間を使うとは思っていなかった。準備に半日近くかかって、赤羽漁港に着いたのは予定よりずいぶん遅くなってしまった。

仕掛けを結ぶ手が少しずつ思い出していく感覚

堤防に立って仕掛けを結ぼうとしたら、手が思うように動かない。結び方自体は覚えているはずなのに、指先がぎこちなくて何度もやり直した。それでも三回、四回と繰り返すうちに、少しずつ手が滑らかになっていくのが分かる。頭で考えるより先に指が動くようになる、あの感覚が戻ってくるまでに十分ほどかかったと思う。

カゴにアミエビを詰めて、竿を振る。第一投を投げ入れた瞬間、竿先が軽くしなった。その感触だけで、もう「帰ってきたな」と思えた。

昼過ぎ、反応のない時間をどう過ごしたか

焦らず竿を出し続けた最初の1時間

最初の1時間は、正直なところ何も起きなかった。竿先はぴくりとも動かず、ただ潮の音と堤防に打ち付ける波の音だけが続く。以前ならここで焦って場所を変えたり、仕掛けをいじったりしていたと思う。でも久しぶりだからこそ、逆に落ち着いていられた。「今日は釣れなくても、ここに立てているだけでいい」くらいの気持ちで竿を出し続けた。

日差しはまだ強くて、堤防のコンクリートが照り返す熱を感じながら、ただ竿先を見つめる時間。何もしていないようで、実はずっと集中していた時間だったと思う。

潮の動きとともに変わっていったアジの気配

1時間半ほど経った頃、潮の流れが少し変わったのが分かった。水面の色がわずかに変わり、小さな波紋がぽつぽつと立つようになる。あの雰囲気は覚えている。小魚が動き始めているときの海の表情だ。

竿先に小さな震えが来たのはその直後だった。まだ本命の群れではないかもしれない、そう思いながらも心拍数は少し上がっていた。

夕方にかけて一気に伸びた釣果、気づけば40匹

群れが回ってきた瞬間の手応え

夕方に近づくにつれて、状況は一変した。竿先がグイッと入って、リールを巻くと確かな重みが返ってくる。上げてみると、20センチ近いアジが跳ねていた。針を外す間もなく、次の投入でまた反応が来る。

群れが完全に堤防の下に入り込んだのだと分かった。仕掛けを落とすたびに二匹、三匹と掛かってくることもあって、手が忙しくて休む余裕がないくらいだった。バケツの中でアジが跳ねる音と、堤防を歩く釣り人たちのざわめきが混ざって、あの独特の高揚感に包まれていた。

気づいたら日が傾いていた、時間を忘れた釣り

どれくらいの時間、無心で竿を振っていたのか分からない。ふと顔を上げたら、海面が夕日でオレンジ色に染まっていた。あんなに強かった日差しが、いつの間にか柔らかい光に変わっている。バケツの中を数えてみたら、40匹近いアジが入っていた。

正直、自分でも驚いた。昼過ぎからのスタートで、しかも準備にあれだけ手間取ったのに、これだけの結果が出るとは思っていなかった。

久しぶりの40匹が教えてくれた、これからの釣りへの気持ち

昔と何も変わっていなかった楽しさ

堤防を歩いて帰る道、バケツの重みを感じながら思ったのは「何も変わっていなかった」ということだ。竿先の震え、魚が掛かった瞬間の手応え、群れが回ってきたときの高揚感。社会人になって離れていた数年間があっても、そこにある楽しさは何も薄れていなかった。むしろ、久しぶりだからこそ、一つひとつの手応えを新鮮に感じられたのかもしれない。

子どもの頃、父や祖父に連れられて竿を振っていたときの気持ちが、そのまま堤防の上に戻ってきていた。

次はどんな釣りにまた挑戦したいか

アジのサビキで手応えを取り戻せた今、次はもう少し違う釣りにも挑戦したくなっている。渓流でアマゴやイワナを狙うフライフィッシングも、また竿を出してみたい。堤防からクロダイやグレを狙う釣りも、久しぶりに腕を試してみたい気持ちがある。

40匹のアジを釣った日は、単に釣果が良かった日というだけじゃない。止まっていた時間がまた動き出した日だったと思う。これからは、忘れていた感覚を一つずつ思い出しながら、いろんなフィールドにまた足を運んでいきたい。

ABOUT ME
ゆっしゃん
ゆっしゃん
駆け出しブロガー
愛知県在住の釣り好きです。 子どもの頃から、海・川・池で餌釣りやルアー、フライなど、いろいろな釣りを楽しんできました。社会人になって一度離れましたが、大人になって釣りを再開しました。 ANGLER NOTEでは、釣行記録や釣具のこと、初心者の方にも役立つ情報を、自分の経験を交えながら発信していきます。
記事URLをコピーしました