亀崎港でシーバス狙ったら、対岸の花火大会に夢中になった夜の話
亀崎港に着いた瞬間、視界の端で花火が上がった
車を停めて荷物を降ろした、その瞬間だった。視界の端、対岸の空がぽっと明るくなって、少し遅れてドンという音が腹に響いた。花火だ。しかも結構な規模で上がっている。亀崎港に着いたばかりで、まだロッドケースも開けていないのに、思わず手を止めてそっちを見てしまった。
中潮・19時51分満潮という好条件を狙って夜釣りへ
この日は8月15日、中潮で満潮が19時51分。シーバス狙いにはちょうどいい潮回りだと思って、夕方から準備して亀崎港に向かった。満潮前後は潮の動きが緩やかになる分、ベイトが港湾部に溜まりやすく、シーバスも回ってきやすい時間帯だと自分の経験上は感じている。だから今日は満潮のタイミングに合わせて竿を出そうと決めていた。潮見表と首っ引きになって予定を組んだくらいには、真面目に狙うつもりだったのだ。
ルアーをキャストする前に、足が止まった理由
ところが、堤防に立ってルアーを結び終えたところで、また対岸が光った。今度ははっきり見えた。花火大会だ。位置的に西尾市あたりだと思う。夜の水面に色とりどりの光が映り込んで、まだ一投もしていないのに、しばらくその光景に見入ってしまった。シーバスより先に、花火に心を持っていかれた瞬間だった。
シーバスより花火に気を取られていた自分に気づく
リールを巻く手が止まる、対岸の光と音
一応、ルアーは投げた。着水音を確認して、リールを巻き始める。でも数回巻いたところで、また空が光る。手が止まる。音が届く。また止まる。この繰り返しだった。シーバス釣りの基本は、着水直後のレンジ取りとリトリーブのリズムだと思っているのに、そのリズムが花火のたびに崩れていく。自分でもおかしいと思いながら、それでも空を見上げてしまう。
西尾市方面の花火大会、思わぬ特等席になった亀崎港
亀崎港の堤防からだと、遮るものがほとんどなくて、花火がまるまる見える。釣り場としてだけでなく、花火の観覧スポットとしても悪くないんじゃないかと思うくらいの見え方だった。わざわざ場所取りしなくても、竿を出しながら特等席で花火を眺められる。こんなことなら双眼鏡でも持ってくればよかった、なんて考えてしまうくらい、視線は完全に空に向いていた。
それでも竿は振り続けた、花火の合間の亀崎港の夜
打ち上がるたびに視線が空へ、キャストが雑になる
花火が一段落すると、思い出したようにキャストを再開する。でも打ち上げが再開すると、また視線が空に持っていかれる。結果、キャストの精度も、着水後のトレースコースも、かなり雑になっていたと思う。狙ったポイントに入っていたのかどうかも怪しい。頭の中では「これじゃシーバス釣りじゃなくて花火見物だな」と苦笑いしていた。
アタリがあったのかどうか、正直よく覚えていない
途中、竿先に何か違和感があったような気もするけれど、正直よく覚えていない。花火の音とタイミングが重なっていたら、それだけで「今のは魚か、それとも花火の振動か」なんて怪しくなってくる。集中力が完全に二分されていた証拠だと思う。普段なら見逃さないはずの小さなアタリも、この夜ばかりは記憶に残らなかった。
「釣りになっていない」と笑うしかなかった理由
満潮のタイミングを活かしきれなかった悔しさ
19時51分満潮という、せっかく狙って合わせた好条件だったのに、肝心の時間帯をほぼ花火観賞に使ってしまった。潮が動くタイミングでこそ丁寧にルアーを通すべきなのに、その時間、僕は空を見上げてぼーっとしていた。釣り人としては、これはちょっと情けない。分かっていたのに、体が花火の方を向いてしまう夜だった。
それでも満足して帰れた、この日の亀崎港
とはいえ、不思議と嫌な気分にはならなかった。むしろ「今日はこれでよかったな」と思えるくらい、花火と夜の港の組み合わせが心地よかった。竿を持ったまま花火を見上げる時間なんて、なかなかない経験だ。釣果としては胸を張れないけれど、夜そのものの満足度は高かった。そう思えたのは、この場所の雰囲気が良かったからだと思う。
次に亀崎港へ行くなら、花火の日は避けようと思う
シーバス釣行としての反省点
釣りとして振り返ると、反省点しかない。中潮・満潮という条件を活かせなかったのは、単純に自分の集中力の問題だ。次回、亀崎港でシーバスを本気で狙うなら、花火大会の日程は事前に調べて避けるようにしたい。せっかくの好条件を、また景色に持っていかれるのはもったいない。
それでも忘れられない一夜になった理由
釣り自体は「釣りになっていない」と笑うしかない結果だったけれど、あの夜のことはよく覚えている。堤防に立って、リールを止めたまま花火を見上げていた時間。あれはあれで、亀崎港という場所が見せてくれた一面だったんだと思う。次に行くときはちゃんとシーバスに集中したい。でも、あの夜のことは、たぶんもう少し先まで忘れないだろう。

